【プロフェッショナル 仕事の流儀】2回の挫折からノーベル賞へ。克服できたのは自分の納得いくことを続けたから。「研究者・山中伸弥」

どうも、コムヨシです。
ボクには「これだけは人には負けない」っていう得意分野がないので、一つの分野においてプロフェッショナルな、いわゆる「職人」にはとても憧れます。
なので、この番組はわりとよく見ます。
人が世間で注目を集める時っていうのは、良くも悪くも何かしらの結果をだした時で、その経過、過程、背景というものはほとんど報道されません。
すごい人っていうのは、もとからすごい人だったんだと思っちゃいますよね。
でも、たいていの場合はそんなことなくて、結果を出している人に共通する部分っていうのが別のところにあるとボクは思っているので、その辺の事をまとめてみようと思います。

iPS細胞でノーベル賞受賞の「研究者・山中伸弥氏」

今回の主人公は山中伸弥さん。
2012年にiPS細胞でノーベル生理学・医学賞を受賞されたことで一躍脚光を浴びました。
山中さんはもともと、iPS細胞の前身である「ES細胞」の研究者だったそうです。

ボクは、細胞がどうのこうのということは全くわからないんですが、このES細胞もいわゆる万能細胞らしく、山中さんは約10年間このES細胞の研究をアメリカでされていました。

ところで、山中さんはこれまでの人生で「2回の挫折」があったそうです。

最初の挫折:整形外科医は向いてない!?

山中さんは中学から大学まで柔道をされていたらしく、柔道は二段の腕前。
さらに大学ではラグビーにもうちこみ、医学者とは想像のつかないスポーツをされています。

柔道でもラグビーでも格闘技系のスポーツなら怪我はつきものですが、山中さんは10回以上骨折や怪我を経験されているらしく、それがきっかけで整形外科医を志したといいます。

整形外科医としての研修が始まりましたが、それは山中さんにとって辛い事の連続だったようで

  • 先生がこの世の物とは思えないくらい怖かった。
  • 他の医者と比べて技術面において不器用だった。
  • 指導医からは罵倒されることもあった。
  • 重症になったリウマチの女性患者を担当し、患者の全身の関節が変形した姿を見てショックを受けた。

これらの理由から、整形外科医としての道を断念するんですね。

 2回目の挫折:「アメリカから帰ってきた人がなるうつ病」にかかる。

整形外科医として道をあきらめ、今度は重症患者を救う手だてを研究するために「研究者」としての道へ進みます。

アメリカでの研究で一定の成果をあげた山中さんは、意気揚々と日本へ帰国します。
しかし、帰国した山中さんに待ち受けていたものは、想像を絶する研究環境だったようです。

アメリカっていうのはものすごく研究環境が良かったんですね。
ネズミの世話だけをとっても、アメリカではきちっと世話をしてくれる人がいたんですね。
それが日本に帰ってきたら、毎日ネズミのうんちまみれになりながら自分で世話をして、自分は研究者なのかネズミの掃除係なのかわからないというような状況になって。
なかなかアメリカに比べて研究をするお金も、少しはもらえるんですけど、なかなかこう十分にできないと。
また、周りにも自分の研究を理解してくれる基礎研究している人もあまりいないと。当時ネズミのES細胞の研究をしていましたから、僕は医学部で研究をしていたんですけど、他の周りのお医者さんによく忠告されました。
中略
「医学部にいるんだったら、医学のためになることをした方が良いぞ」と、全然理解されないところがあって。もともと自分も医者でしたから、「確かに本当にネズミの研究をしていていいんだろうか」と、それまでは研究が楽しくてわくわくして8年、10年くらい突っ走っていたんですけど、だんだん冷静になると「本当にこれで役に立つことになるのかな?」という思いも出てきて。 それで朝起きれない、学校に行きたくないという感じになって、研究者を辞める一歩手前にいっていました。手術は下手でも臨床医になった方がまだマシじゃないか、と。僕にとっては2回目の挫折で。

引用元:京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授「人間万事塞翁が馬」

と、語っているように、アメリカと日本の研究環境のギャップに苦しんだというんです。しかもそれが原因でうつ病になっちゃったっていうんです。

新しい事に対する拒絶感が進化の障害になっていないか

「医学部にいるんだったら、医学のためになることをした方が良いぞ」と、山中さんは中々周囲に理解されなかったと語っていますが、ボクの感じる限りですが、今の世の中はこの感覚が支配しているんじゃないでしょうか。

いつの時代も、その時常識だった考え方や技術ではどうにもならない事柄が起きてきます。その時に「もう無理だ」「諦めよう」と思うのか、「他に方法がないか」と考える人がいたから、技術や考え方が進歩してきたんだと思うんです。

つまり、医学のためになること、医学の進歩のためには、これまで医学会の中で常識とされてきた技術や考え方で進めても限界があるっていうことだと思うんです。

ただ、新しい発想というのは、何も今まで全くなかった発想を取り入れるっていうことじゃなくて、今まであった技術と全く違った分野の技術を掛け合わせることによって生まれることだと思うんです。

iPS細胞の夜明け

うつ病が改善されず、研究者を辞めようか迷っていた頃、ある研究成果がアメリカから届きます。
アメリカのトムソンという先生が、人間のES細胞を作る事に成功したのです。

これの何が朗報かというと、それまでES細胞といえば、ネズミの細胞でしか作る事ができなかったため、人間には応用できないとされていた研究内容だったみたいなんです。
それが人間にも応用ができるっていうことがわかり、再生医療が一気に注目を浴びます。

山中さんは、「僕の研究がいつか役に立つかもしれない」と思えるようになります。
更に、アメリカの環境に近い、新しい研究環境を与えてもらいました。

これら2つの幸運な出来事のおかげで「アメリカ帰りのうつ病」を克服する事ができたんだそうです。

大事なのは「信じる事」と「疑う事」

ボクが今回山中さんの記事をまとめて感じる事は、どんな分野においても「信じる事」と「疑う事」で状況は必ず好転するということです。

山中さんは、一途に自分の好きな事、信じる事、得意な事を研究し続けただけなんです。「だけ」というと語弊がありますが、山中さんが変わったのではなく、山中さんをとりまく状況が変わったに過ぎないんです。
「人の成功」っていうのは実はこういうことなのかもしれません。

「他に方法はないのか」「本当にこれでいいのか」と、過去の常識を疑い、新たな道を模索し続け

自分を信じ、自分が思い描く理想を信じ続けた結果

状況を好転させる「状況」が勝手に集まったんだと、ボクは勝手に思います。

そして、その根底には「重症患者を救う研究をしたい」という他者への貢献意識が、山中さんの研究を継続させるモチベーションでもあったんだろうと推察します。

まとめると

  • 既存のシステム・常識を疑い別の分野のシステムを掛け合わせる事
  • 自分の好きなこと、得意とすることを信じ続ける事
  • 根本精神が「他者への貢献」である事

この3つの要素が、成功へと導く鍵なのかもしれませんね。

プロフェッショナル 仕事の流儀「研究者・山中伸弥」は【2017年9月11日(月) 22時25分~23時15分】オンエアー