そうだ、天理へ行こう 《青森〜奈良》のチャリ帰参【Part 5】〜二本松ー那須〜

どうも、まあまあ旅好きのコムヨシです。
3日目4日目と順調に走行してきましたが、5日目にはいよいよタイヤがパンクしてしまいます。
慣れないパンク修理に悪戦苦闘している間に、辺りはすっかり暗くなってしまいました。
近くには野宿出来るようなポイントもないし。。。
どうするコムヨシ!

それでは、第5日目行ってみましょう!
例によって当時mixiにアップしていた日記を振り返ります。

5日目 二本松ー那須

朝6時、道の駅安達を出発

濃い霧がかかりこの旅一番の寒さに感じながらも、軽快にスタート

たまった洗濯物を洗いにコインランドリーへ
一時間の待ちぼうけ
8時半走行再開

9時

上り坂を軽快に登る
今日も絶好調と雄叫びをあげたくなるほどの快調ぶり

プシュー

という聞き慣れない恐ろしい音と共にスピードダウン

パンク

とりあえず応急処置
慣れないパンク修理にてこずる
なんとか修理したが、なんかおかしい

少しずつ進みながら、郡山市内で自転車やさんを探すこと2時間

60歳くらいのお母さんと息子さんが切り盛りする店でしっかりなおしてもらう

旅の由をきかれ、伝えると、応援したいからと修理代もとらず、荷物を縛る紐を二本もプレゼントしてくれた

話を聞いた通りがかりの近所のおばちゃんも、ジュースでも買ってと150円くれた

予定が狂って落ち込んでいた自分を勇気づける出来事になった

プランを練り直し、今日の予定は諦めてゆっくり進む

福島白河の関を越え、いよいよ関東圏へ

栃木県那須に突入

午後4時

山道で再びパンク

とりあえずパンク剤で応急処置し、坂道を下る

一分後の交差点の左側をみると、なんとまさかの自転車やさん

俺ってやっぱり持ってると思いながら、ドアに手をかけるが開かない

不在

持ってなかったです
とりあえず穴をふさいで、近所のおじさんに空気入れを借りて修理完了

修理中べつの穴もあいてしまい、結局終わったのは夜6時前
あたりは真っ暗

この辺に寝床を探す訳にもいかず、仕方なく進む

真っ暗な上に山道
街灯もなく歩道もない

スレスレを走るトラックに怯えながらも街は見えず、一時間近く走行

神経はズタズタ
半泣き状態
もうやだ

なんとか那須塩原市街地に着くも、寝床が見つからず、24時間空いているマクドナルドにイン

夜八時は回っていた

コーヒーをお代わりしたりハンバーガーをゆっくり食べて時間を稼ぎ、そろそろ寝ようかという九時過ぎ
店長らしき人が寄ってきて

「申し訳ありませんが、只今から席の改修工事を行うのでご退出願います」

今日に限って!?

駐輪場にたむろしている高校生らしきヤンキーちっくな若者にビジネスホテルがないか聞くと、親切に道案内までしてくれた
今晩はホテルです

この日は、日記にもあるようにホテルでの宿泊となりました。
後にも先にもホテルどまりはこの日だけです。
なので、たっぷり携帯を充電しながらゆっくりと日記を打ち込むことが出来ました。
でもやっぱりガラケーだから打つのが面倒だったのでしょうか、詳細には描かれていません。

当時を振り返りながらポイントを解説していこうと思います。

初めてのパンク修理

この日の朝、ものすごく実感したことがありました。

「オレの体のどこにこんな体力があるのか」

っていうことです。

日を追うごとに自転車を漕ぐ力がアップしていってるんです。

日を重ねるごとに体力は間違いなく消耗していっているはずなのに、どんどん前に進む。

見えない強大な力に押してもらっているような不思議な感覚でした。

そんな事をぼんやりと感じていた矢先でした。

「プシュー」という音がハッキリと聞こえました。

一瞬何が起こったのかわかりませんでしたが、すぐにタイヤがパンクしたのだとわかりました。

自転車を止めて、穴を探してみると、巨大が釘がブッ刺さっていました。いわゆる5寸釘ってやつでしょうか。5寸っていえば約15センチですよ。

落ちてたら絶対気づきます。でも気づかなかった。

よほどボーッとしてたんでしょうか。

頭は完全に冴え渡ってたんですけど。何が起こるかわからないもんですね。

んで、修理に取りかかったわけなんですが、よくよく考えたらパンクの修理って初めてだったんですね(猛汗)

でも、だいたい要領はわかっていたのでそんなに焦らなかったんですが、これが全然上手くいかない。

普通のママチャリとかのタイヤの修理の時って、自転車を逆さまにして作業しません? ボクはそういうもんだと思って、今回使ってた旅用自転車のエンペラーを逆さまにしてみたんです。

ならないんです。逆さまに。

ボクは本当に行き当たりばったりで、なんの準備もしてなかったので、この自転車に関する知識も全くなかったんです。後から分かった事なんですが、この手の自転車って簡単に車輪だけ外せるようになってます。なので、普通のママチャリとかよりも断然修理はしやすいんです。本当はね。

でもボクはそんなの知らない。

結局どうにもなんなくて、無理矢理タイヤを外そうとしたらチェーンが外れて、今度はそのチェーンを元にもどせなくなってしまった。

手は無駄に汚くなるし、パンクも直せないしチェーンも直せないし、段々イライラしてきます。

なんとかチェーンを元に戻しました。さあ、パンクはどうする。

こんなこともあろうかと出発前に購入しておいた「パンク剤」。ご存知だろうか。

パンク時、このパンク剤を空気の挿入口から入れてやると中身がチューブ内に行き渡り、穴を塞いでくれるという代物。あくまで応急処置のものなので、いずれは穴はしっかり塞ぐ必要があるらしいが、とりあえずこれでしのぐことにしました。

日記内に出てくる自転車屋さんでしっかり直してもらえばよかったと後々後悔したが、予定を大幅に過ぎてしまって焦っていたんだろう、先を急ぐ事を優先してしまった。

「自転車屋さんは、パンク剤が入っているからどこがパンクしているかわからない」

ということだった。

「チューブごと変えますか?」って言われたけど、先を急いだ。修理代も惜しんだ。

結局その後幾度となく同じパンクの箇所に泣かされる事になった。

慣れない修理に手こずり、気がつけば辺りは夕闇。

山の中に近い感じのところなので、泊まる所はない。辺りは真っ暗。真っ暗な山道を大型車がもの凄いスピードでボクのスレスレを走って行く。

生きた心地がしないとはこのことか。

そんな感じでひたすら山道を街に下って行きました。

唯一の支えは、青森を出発前に叔父が貸してくれた「トラチョッキ」。

道路工事の交通整理とかやってる人が来ている、蛍光色の黄色いチョッキのことです。しかも小ちゃい電球がついていて、スイッチをいれるとピカピカ光るハイスペックなトラチョッキ。

これがあったお陰で、真っ暗な山道でも自分の存在を運転手にアピールすることができました。

これがなかったらひかれて死んでいたかも。

やっとの思いで街にたどり着き、日記にあるようにマクドナルドへ入店。

まさかの改修工事のため追い出される。

駐車場にたむろしてた高校生くらいの兄ちゃんたちに恐る恐る声をかけてみました。

「すいません、この辺に野宿出来そうな公園とかってないですか?」と。

「どっから来たの?」とか「どこまで行くの?」

とか、そんな会話をしているうちにすっかり打ち解けて、一緒に寝床を探してもらう事に。

彼らはとりあえず駅まで連れてってくれた。那須塩原駅。

駅前には交番があって、とりあえずおまわりさんに聞いてみたら的な感じで連れてってくれた。

彼らは普段からおまわりさんのお世話になっているらしく、初対面ではないようだった。

お巡りさんからは

「駅の構内での野宿は禁止」「この辺はホテルが一軒あるだけ」

という頼りない情報をもらった。

ボクはとにかく金を払いたくなかったので、近くに公園がないか彼らに聞いてみた。

彼らは「ちょっと遠いけど」と言いながら公園まで連れて行ってくれた。

悪くない公園だった。

昨日までの自分だったら余裕で泊まれた公園だったが、完全に精神がズタボロだったためか、こんな暗い所で1人で泊まる気にはどうしてもなれなかった。

案内してくれた彼らに謝りながら、やっぱりホテルまで連れてってもらうことにした。

ホテルまで着いて、少しばかりのお金を彼らに渡してお礼させてもらった。彼らは恐縮していたがとても喜んでくれた。

見た目はちょっと恐い感じだったが、とても純粋でいい子達だった。誰かの役にたったのが嬉しかったんだろうと思う。とても素敵な出会いだった。疲れたし大変だったけど、かけがえのない一期一会だった。彼らと会う事は二度とないだろうが、13日間の旅の中でも強く印象に残る一日となった。