そうだ、天理へ行こう 《青森〜奈良》のチャリ帰参【Part 6】〜那須ー小山〜

どうも、まあまあ旅好きのコムヨシです。
前回の5日目では栃木県に入り、いよいよ関東に突入しました。
旅も中盤に入ったという感じです。

6日目の今回も、パンク地獄から抜け出せずに悪戦苦闘しています。
予定の到着地にたどり着けるのか?

例によって当時アップしていたmixiの日記を振り返ってみましょう。

6日目 那須市ー小山市

六日目
朝早く出発と思ったが、せっかく高い金出しだのに勿体ない根性が出てしまって8時半スタート昨日の教訓を生かして、落ち着いてなおかつスピーディーに進むなかなか順調な走行ぶり

体調も良かったのであまり休憩もとらずにひたすら走る

11時過ぎには宇都宮市内に入る

宇都宮からは新国道4号線に突入する

この道路はいわゆるバイパス国道で、見渡す限り田畑。

車道から5メートルくらい隔てて、一車線分は裕にある側道がある。これは、歩道でもあるようだが、ほぼ自転車用道路ののような感じだ。
これは自転車マンには神と崇めたくなるほど有り難い道で、しかも状態がとてもキレイ。ありがとう宇都宮。

どんどん進めました
二時半頃

ぶにゅ

昨日の修理箇所から空気が漏れてる

直ぐに近くのお宅へ伺い、協力してもらう(大分面の皮も厚くなりました)
なんとか修理を終えて、走り出すとまたもや空気漏れ

修理が甘かったみたいで、またお宅に戻って修理するもパッチが底をつき、おじさんがミラに自転車を押し込んで自転車やさんに持ってってくれた(このおじさん神様ですね)
この際だからタイヤもチューブも新しく交換しました
このタイヤでここまで来れたことに感謝ですね

今日は結局栃木から出れず、小山市思川という道の駅で野宿です

東京まで約80キロ

頑張ります

栃木県は抜けられなかったみたいですね笑

この日のメインイベントは、パンク修理でお世話になったお宅での出来事です。
パンクした自転車を手押ししながら、民家を尋ねあるきました。

修理道具や材料はあったんですが、空気入れがなくて、空気入れを貸してくれる家を探しまわりました。

正確にいうと、空気入れはポータブルのものを持っていたんですが、上手く空気が入らなかった(使い方がわからなかった)んです。本当に恥ずかしい話ですが、それくらい行き当たりばったりで計画して飛び出してきたので、仕方なかったんですね。

とりあえず大きめの家だったら空気入れがあるだろうという偏見をもちながら尋ね歩きました。
以外にも、空気入れをもっているお宅が少なくてたどりつくまでとても大変でした。

なんとか探し出して、あつかましくもその場でヘタクソな修理を始めました。
物珍しそうに見学しながら、ご自分の作業に精をだされていたおじさん。

とりあえず修理が終わり、お礼を述べて元気よく出発。

神対応

100メートルも走っただろうか、少しずつ空気が抜けて行くのがわかる。

恥ずかしかったが元の道を引き返し、さっきのおじさんのお宅へ。
おじさんはまだ作業をされていて、事の由を告げると快く引き受けてくれた。

修理を開始すると、さっき修理した所とは別の箇所から空気が漏れているようだった。
しかも数カ所。

穴を塞ぐためのパッチが底をついてしまった。。。

「この辺に自転車屋さんってありますか?」っておじさんに聞いたら、「車で5分くらいのところにあるよ」とのこと。
仕方がないので、そこまで歩いて行こうと思い、道順を教えてもらうと、おじさんはとても憂鬱そうな顔をして、腕時計を見ながら

「乗せてってやるから早く自転車積んで」

と、ありえない神対応。

しかも車は軽自動車の中でもずば抜けて小さい部類に入るダイハツの「ミラ」

大人2人と自転車を乗せて自転車屋さんまで運んで下さいました。

腕時計を気にされてたのは、ちょうど出かける用事があったのだそうだ。本当に申し訳ない事をした。

自転車屋さんで見てもらうと、中のチューブは既に限界値を超えていたのだそうだ。

実はこの自転車は、遡る事10年程前に札幌から奈良まで走破した強者で、それ以降は大阪で主に長距離を大活躍していたらしい。
そんな自転車を譲り受けていた。
もしかしたら、一度もチューブの交換がされていなかったかもしれない。

外側のタイヤも溝がないから交換した方が良いというアドバイスを受け、しっかりと修理してもらった。

道の駅「思川(おもがわ)」で野宿し、少し道を逆戻りして、昨日のおじさんのお宅へ向かった。

昨日は自転車で別れてそれきりになっていたので、昨日のお礼と、連絡先を聞いておくためだった。

おじさんは在宅で、快く連絡先を教えて下さった。

奥さんが八戸市出身らしく、急に親近感がわいた。おじさんも恐らくそうっだったろう。奥さんにはお会い出来なかったのは残念だったが、必ずお礼をさせていただくことを約束した。

後日、青森に戻ってから地酒を送らせてもらった。
ご丁寧にお礼の電話を下さった。
地酒と一緒に手紙を添えた。
自分が天理教であること、当時は自転車で天理に向かっていた事などをしたためた。

それが原因だったからなのか、そんなに仲がいい間柄ではないからなのか、電話の声がとてもよそよそしかったのが気になったが、喜んで下さっていたようでとても嬉しかった。